このページの要点
- 精算幅・控除単価・超過単価を数字で決め、控除と超過の単価は同額にそろえるのが受託者の基本。
- 稼働報告の承認は、合理的な理由がある場合に限る修正権とし、受領後5営業日以内に異議がなければ承認とみなす。
- 端数の単位と切り捨てる単位、実費のうち委託者が負担するものを決める。
- 申告した時間の一方的な削減は、フリーランス法の減額の禁止(5条1項2号)に抵触し得る。
結論:精算幅・控除と超過の単価・端数・承認の期限を、数字で決めて対称にする
SES(システムエンジニアリングサービス)の契約では、エンジニアの稼働を月額で約束し、実際の稼働時間が一定の幅を外れたときに精算する形が多くとられます。この幅を「精算幅」といい、例えば「月140時間から180時間」のように定めます。下限を下回ったときに減らす1時間あたりの単価を「控除単価」、上限を超えたときに増やす単価を「超過単価」と呼びます。SESの契約は準委任なので、受託者は成果の完成ではなく、善管注意義務をもって業務を行うことを約束します(民法656条・644条)。
事務所が扱ってきたSES・時間精算の契約書から見えてくる論点は、次の4つです。控除単価と超過単価が非対称になっていないか、稼働時間の確定が委託者の「承認」しだいになっていないか、端数の切捨てが積み重なって実質の単価が下がっていないか、支払通知への異議の期間が短すぎないか、です。どれも、条文の数字を一つ変えるだけで、受託者の毎月の受取額が変わる論点です。
このページでは、精算幅の設計例、稼働報告の承認と異議の期間、端数と実費、精算幅の下限を割ったときの扱い、時給制と工数の上限、フリーランス法との関係を順に紹介します。準委任と請負の違いは保守・SESは準委任、エンジニアへの指示の出し方は指揮命令と偽装請負のページをご覧ください。
精算幅の設計例:140〜180時間と、56〜72時間
個人のネットワークエンジニアの契約を2つの系統で作った案件では、1つ目の系統(IT企業から特定の案件のネットワークの設計・構築・導入とドキュメントの作成を受けるもの)で、月額固定の報酬と、想定の稼働を月140時間から180時間とする精算幅を定めました。140時間に満たないときは不足1時間ごとに控除単価で控除し、180時間を超えるときは超過1時間ごとに超過単価を上乗せします(超過に上限は設けていません)。精算は30分単位で、30分未満は切り捨てます。稼働時間は、受託者が毎月末日までに出す月次の稼働報告書を委託者が承認して確定し、委託者は翌月5営業日以内に内容を確認します。支払は翌月末日、振込手数料は委託者の負担、遅延損害金は年14.6%です。
事務所の改訂例 控除単価と超過単価(ネットワークエンジニアの準委任)
単価の関係
不足したときは高い単価で減らされ、超えたときは安い単価でしか増えない設計は、受託者に一方的に不利になるため。
連絡と請求
報告書の確認と請求の流れを、誰と誰の間で行うかまで決めておくため。
2つ目の系統は、学校法人の校内のIT業務(校内ネットワーク、教職員のパソコン、プリンター、IT機器の保守、パソコンの問合せ対応、校務系システムの運用管理、手順書の作成)で、月額固定の報酬と、月56時間から72時間の精算幅を定めました。控除単価は、月額を精算幅の中央値である64時間で割った額に相当する額とし、超過単価はそれより約2割低い額に設定しています。こちらは、改訂の際に「精算は30分単位とし、30分未満の端数は切り捨てる」を追加し、業務の内容からプリンターの設置・設定と校務システムの更新を外して、保守・障害対応・点検に絞りました。報告書には実作業時間・作業内容・支出を記載し、求めがあれば補足説明することも定めています。
| 項目 | IT企業の案件(ネットワーク) | 学校法人の校内IT業務 |
|---|---|---|
| 精算幅 | 月140時間〜180時間 | 月56時間〜72時間 |
| 控除単価 | 通常の単価と同額(月額÷176時間相当) | 月額÷64時間(精算幅の中央値)相当 |
| 超過単価 | 通常の単価と同額。上限なし | 控除単価より約2割低い額 |
| 端数 | 30分単位、30分未満は切捨て | 30分単位、30分未満は切捨て(改訂で追加) |
| 確定の方法 | 受託者の稼働報告書を委託者が承認。委託者は翌月5営業日以内に確認 | 報告書に実作業時間・作業内容・支出を記載し、求めがあれば補足説明 |
| 作業場所 | 委託者の指定する拠点又は受託者の自宅 | 原則として委託者の指定する施設 |
控除単価と超過単価をどうそろえるかは交渉の結果で決まります。非対称にするなら、その理由(例えば超過分は受託者の裁量で生じやすいなど)を当事者が共有しておくことが大切です。
稼働報告の「承認」と、支払通知への異議の期間
仲介会社から示された時給制の個別契約をレビューしたときは、稼働時間の確定のしかたに問題がありました。「承認を得たうえで、数量の変更を行い、請求を実施する」とあるだけで承認の基準がなく、委託者が承認しない限り請求額が確定しません。レビューでは、これを「停止条件付きの債権に近い」「報酬の一方的なコントロール」と評価し、承認権を例外的な修正権に変える修正案を示しました。
事務所の改訂例 稼働時間の確定と異議(時給制の個別契約)
稼働時間の承認
委託者が黙っている限り請求額が確定しない状態をなくすため。
支払通知への異議
時間精算では、稼働のログや自分の記録との突合に数日かかる。2営業日の擬制同意と以後の請求の放棄は、実質的な権利の放棄になるため。
三者構造の業務支援の契約の改訂版でも、稼働時間は受託者の業務報告書で確定し、委託者が受領後5営業日以内に合理的な異議を述べなければ承認とみなす、と定めました。ネットワークエンジニアの契約で委託者が翌月5営業日以内に確認するとしたのと同じく、「承認」を置くなら期限とみなしの効果をセットにする、というのが事務所の書類に共通する考え方です。
端数の処理と、実費の負担
同じ時給制の個別契約では、時間の計測が「1分未満切り捨て」とされていました。1回ごとの切捨ては小さくても、日々の作業記録ごとに切り捨てれば、月の合計では無視できない時間になり、実質の単価が下がります。精算の単位と端数の処理は、どの単位で(1日ごとか、1回の作業ごとか、月の合計か)切り捨てるのかまで書いておくと、計算の方法で争いになりません。ネットワークエンジニアの2つの契約では、どちらも30分単位・30分未満切捨てを契約書に明記しています。
実費も、時間単価の契約では実質の単価に影響します。時給制の個別契約では、交通費・通信費などは「原則として報酬総額に含まれる」とされていました。IT開発の業務では、開発ツール、クラウドの利用料、テスト環境、セキュリティ対策の費用が継続的にかかるので、レビューでは「通信費、クラウド利用料、開発ツール費用その他合理的な実費は、事前に協議の上合意したものに限り甲の負担」とする修正案を示しました。仲介会社との基本契約の修正版では、受託者が必要とし委託者の事前の承認を得た交通費・通信費・宿泊費・材料費・ソフトウェアの利用料は委託者の負担とし、範囲・上限・精算方法は個別契約か協議で決めることにしています。情報セキュリティ関連の業務の契約では、パソコン・有料ツール・Wi-Fiなどの実費がすべて受託者の負担になっていたので、委託者の指定や環境整備に起因する費用は委託者の負担とし、受託者の負担とするなら上限・承認の手続・支払方法を明記するよう提案しました。
ネットワークエンジニアの契約では、通常の作業場所への交通費は報酬に含め、訪問・出張は委託者の事前の承認で精算できること、タクシーや航空機などは領収書が必要なこと、交通費は稼働報告書に明細と証憑を添付して翌月末に報酬と併せて払うことを定めました。
精算幅の下限を割ったら減額されるのか:「最低時間」を保証しない書き方
精算幅の下限を割ったら控除する設計は、裏を返せば、受託者に毎月一定の時間を稼働させる負担を課すものです。時給制の個別契約のレビューでは、精算幅が示唆され、稼働が想定を下回ると減額される構造について、「準委任でありながら、実質的に稼働時間の確保義務に近い負担」と指摘しました。
反対の方向から書いた例として、受託会社の従事者が発注者の業務を行う三者構造の契約の改訂があります。そこでは、時間単価は事業者どうしの業務の対価であって、業務に従事する個人の労働の対価として払うものではないこと、従事時間は業務量の把握と合理的な対価の算定の便宜のための基準にすぎず、特定の時間数の労務の提供を保証し又は拘束する趣旨を含まないこと、委託者に最低発注の義務はなく、受託者に最低従事時間の保証もないこと、を定めました。時間で精算する契約でも、時間を「約束の中身」ではなく「対価の物差し」として位置付けることで、労務の提供を約束する契約と区別しています。
2024年に作った時給制の委託契約では、委託者が業務を「作業時間0〜16時間程度」の作業に分けて提示し、受託者が取り組む作業を任意に選ぶ形にしていました。作業量は受託者の都合で毎月任意に調整でき、報酬は「見積工数×時給」で、実際の作業時間は反映しません。受託者は見積工数の変更を依頼できますが、最終決定は委託者にあり、実作業が見積工数を超えたと判断されれば、委託者が担当を変更でき、その場合の報酬は委託者が決める、という定めもありました。実際の時間ではなく見積の工数で払う設計は、稼働の管理から離れられる反面、見積と実際がずれたときの決定権の所在が問題になります。
オフショア開発の準委任の契約のように、原則として週5日・1日8時間を標準の稼働とし、精算幅・控除・超過の定めを置かない月額固定の型もあります。この型は計算が簡単ですが、標準の稼働に満たない月や、時間外の対応が続いた月の扱いを別に決めておく必要があり、時間外の対応や追加の業務は事前に協議して条件と報酬を合意する、と定めていました。
報酬の方式そのものを選ぶ段階では、Web制作会社がフリーランスに発注する基本契約の発注書の様式で、一式の固定、単価×数量、時間単価、成果報酬、月額固定から選ぶ形にし、継続して委託する場合の報酬の改定は協議と合意によることにしました。事務所の提案書のチェックリストでも、月額固定・時間単価・成果報酬の算定式、基本の報酬・単価・上限の工数・超過したときの扱いを明記することを確認の項目にしています。委託側のヒヤリングシートでは、報酬の形を一括・月額・成果報酬・工数(人日・人時)単価・着手金と残金から選んでもらい、追加の作業・実費・源泉徴収の扱いもあわせて聞いています。ネットワークエンジニアの契約では、消費税を別に加算すること、受託者が個人で源泉徴収の対象になる場合は源泉徴収することも書きました。
時給制と工数の上限、フリーランス法
時給制の契約では、委託者が工数の上限を決め、上限を超えた分は払わない、という条項がよく見られます。情報セキュリティ関連の業務を受ける個人エンジニアに相手方が示した契約では、レビューで、上限の通知の時期と変更の手続、上限を決める前に受託者が見積りを出せること、超過が見込まれるときの通知と承認の手続、承認が得られない場合の処理(追加報酬の協議や業務量の見直し)を定めるよう提案しました(月額固定と作業時間の上限)。
個人のエンジニア(従業員を使用しない個人)や、代表者1人だけで他に役員がおらず従業員もいない法人に業務を委託する場合、受託者はフリーランス法の「特定受託事業者」に当たります(フリーランス法2条1項)。委託者は、業務委託をしたら直ちに、給付の内容、報酬の額、支払期日などを書面又は電磁的方法で明示しなければなりません(同法3条1項)。委託者が従業員を使用する個人や、2人以上の役員がいるか従業員を使用する法人(特定業務委託事業者)であれば、報酬の支払期日は、役務の提供を受けた日から起算して60日以内で、できる限り短い期間内に定めます(同法4条1項)。
副業の個人エンジニアが時給制の準委任契約を受けた案件のレビューでは、委託者が受託者の申告した従事時間を一方的に削ることは、1か月以上の業務委託で禁止される「特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、報酬の額を減ずること」(同法5条1項2号、施行令1条)に抵触し得ると説明しました。役務の提供の委託では、受領拒否と返品の禁止(同項1号・3号)は適用されませんが、減額の禁止は適用されます。時間申告の控えや作業ログは、報酬の証拠であると同時に、減額が正当かどうかを判断する材料にもなります。同じレビューでは、作業時間と指示の記録を残しておくよう助言しました。
ご相談と回答 時間精算の契約で聞かれたこと
時間の申告期限が「毎月1日まで」になっています。注意することはありますか。
申告が遅れると支払も後ろにずれる設計なので、期限を守ることが大切です、と回答しました。振込手数料の定めがない点は、民法485条により支払う側(委託者)の負担が原則になると説明しています。
申告した時間を委託者に削られたら、どうすればよいですか。
発注者が特定業務委託事業者で、受託者が特定受託事業者に当たる1か月以上の委託なら、受託者の責めによらない報酬の減額は禁止されています。申告の控えと作業ログを残し、削られた理由の説明を求めることが出発点になります。
時給制・月額制の個別契約で、精算以外に確かめること
SESの個別契約では、精算の条のほかにも、受託者の受取額や働き方に直結する条項があります。仲介会社から示された時給制の個別契約のレビューでは、解除の事由に「目的を達することができないと甲が判断した場合」「その他合意事項に違反した場合」が含まれていて、実質的には「いつでも切れる契約」になっていると指摘しました。修正案では、重要な義務に重大な違反をし、相当の期間を定めて是正を求めたのに是正されない場合に限る、という形にし、重大性・是正の機会・客観性の3つを満たすようにしています。月単位の契約で延長を前提にしながら、中途解約は「協議」としか書かれておらず、予告の期間と精算の方法が分からない点も指摘しました。
同じ個別契約では、損害賠償が「第三者の損害を含む」「一切の損害」とされ、システムの障害による売上の損失、情報の漏えい、バグによる顧客の損害まで負う形になっていました。修正案では、上限を受領した直近3か月分の報酬額とし、間接損害・特別損害・逸失利益を除き、故意・重過失の場合は除く、としています(賠償の上限)。
ネットワークエンジニアの契約では、契約に明示されていない作業(追加業務)は委託者の事前の承諾がある場合に限り行い、報酬は別に書面で合意すること、進捗・課題・作業時間の報告は委託者の求めに応じて適宜行い、頻度と様式は協議で決めることを定めました。委託者が業務の必要がなくなったなどの理由で解除する場合は、解除日までの実働時間に応じた報酬と事前に承認された費用を請求でき、委託者は請求書の受領後30日以内に払う、という精算の定めも置いています。途中で終わる月の精算を決めておかないと、月額固定の契約では、月の途中で終わったときに日割りか、実働時間か、満額かで争いになります。
起きがちなこと:毎月の精算で少しずつ目減りする
精算の条は、毎月の請求のたびに読み返される条です。数字を対称にし、確定の期限を決め、端数と実費の扱いを書いておけば、毎月の精算が作業になり、交渉にならずに済みます。契約が途中で終わる場合の精算は期間・更新・解約と引継ぎで扱います。
よくあるご質問
SESの精算幅は何時間くらいが多いですか?
案件の稼働の想定によります。事務所が扱った契約では、フルタイムに近い案件で月140〜180時間、週の一部を使う校内のIT業務で月56〜72時間としていました。幅の中央値や標準の時間で月額を割った額を単価の基準にする方法があります。
控除単価と超過単価は同じにすべきですか?
受託者の立場では同じにするのが基本です。当初の案で控除単価を通常の1.1倍、超過単価を0.9倍としていた契約を、改訂で両方とも通常の単価と同額にそろえた例があります。非対称にするなら、その理由を当事者が共有しておきます。
稼働報告の「承認」で報酬が減らされないためには?
委託者は客観的かつ合理的な理由がある場合に限り修正を求めることができ、報告書の受領後5営業日以内に異議を述べなければ承認したものとみなす、と書いておく方法があります。
「支払通知から2営業日以内に異議がなければ同意」とあります。問題ありますか?
時間精算では自分の記録との突合に数日かかるので、2営業日は短すぎます。異議の期間を5営業日程度にし、委託者は誠実に協議する、という形に修正を求めた例があります。
時給制のエンジニアの申告時間を、発注者が削ってもよいですか?
発注者が特定業務委託事業者で、受託者が特定受託事業者に当たる1か月以上の委託では、受託者の責めによらない報酬の減額は禁止されます(同法5条1項2号)。削るなら、合理的な理由と手続を契約で決めておく必要があります。
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