このページの要点
- 月額の範囲を「軽微な相談、短期で完了する助言、確認の補助」と定義し、訪問の回数・時間に上限を置く。
- 完了まで概ね3営業日以上、継続的な切り分け、アカウントやデータの復旧などを重対応として別料金にし、1か月以上の案件は別契約にする。
- 移行は内容・期間・概算費用を示して承諾を得てから。緊急時だけ必要最小限の暫定措置を先に行える。
- 最初の1か月を試験運用の期間とし、その対応の水準は無制限・専属・常時の対応の期待権を生じないと書く。
結論:定額ITサポートは「月額内」「重対応」「別契約」の三層で書く
中小の事業者向けに、パソコン・ネットワーク・クラウド・メール・ECの困りごとを月額で相談できる「ITサポート」「何でも相談」型のサービスがあります。IT運用の委託契約の一種ですが、相談の内容が事前に読めないため、契約書の設計を誤ると、月額の範囲で回線の故障の手配やアカウントの復旧、サイトの全面的な作り直しまで求められます。
事務所で扱った定額ITサポートの契約書(全20条)は、この問題を三層の構造で解いていました。月額の範囲を「軽微な相談、短期で完了する助言、確認の補助」に限定し、それを超える対応を「重対応」として別料金にし、さらに期間が長いものや設計・構築を伴うものは「プロジェクト対応」として別の契約にする、という構造です。重対応やプロジェクト対応に移るときは、内容・期間・概算費用を示して委託者の承諾を得てから始め、障害の拡大を防ぐ緊急の場合だけ、必要最小限の暫定措置を先に行えるようにしています。そして、「定額制だから」という理由で重対応を無償にするよう求めることはできない、と明記していました。
このページでは、この三層の構造を中心に、試験運用の期間、情報資産の管理台帳、認証情報の扱い、バックアップの責任の置き方を紹介します。月額の考え方の一般論は月額固定と作業時間の上限、範囲外の列挙の方法は保守範囲の決め方のページもあわせてご覧ください。
月額の範囲を「軽微・短期・確認の補助」と定義する
定額ITサポートの三層構造
- 月額内相談対応、メール・添付ファイル・データの確認の補助、通信事業者・保守業者・クラウド事業者との連絡と調整の補助、運用の支援と助言、月1回・1回2時間までの訪問サポート月額に含む
- 重対応完了まで概ね3営業日以上かかる、継続的な調査・障害の切り分け・原因分析、第三者との継続的な調整、現地訪問・緊急・夜間・休日、認証情報の管理・アカウントの復旧・データの復旧・システムの復旧、長時間・反復の対応別料金(固定・時間・成功報酬)
- プロジェクト対応対応期間が1か月以上のもの、又は要件定義・設計・構築・継続的な保守として管理すべき案件別契約
この契約書は、月額の範囲を「軽微な相談、短期で完了する助言、確認の補助」に限ると定義し、継続的な障害対応、高度な調査、システムの構築、長期の対応は当然には含まないと書いていました。訪問サポートは月1回・1回2時間までで、翌月への繰越しはできません。通常の交通費は月額に含みますが、遠隔地・県外・宿泊を伴う場合の実費は委託者の負担です。
もう一つ特徴的なのは、受託者が対応を断ったり中断したりできる場合を定めていることです。法令に違反するおそれがある場合、高度な専門業者が必要な場合、受託者の技術の範囲を超える場合、継続が適切でない場合には、対応を拒否し、又は中断できます。相談窓口型のサービスでは、何でも持ち込まれることを前提に、受けない場合を最初から書いておく必要があります。
メールやクラウドのデータの確認の補助は、月額の範囲の中心的な業務ですが、委託者の情報に触れる作業でもあります。この契約書では、委託者から明示的な依頼がある場合に限り、メール・添付ファイル・クラウドのデータを閲覧し、一時的に取得できるとし、目的外に利用しないこと、作業の完了後速やかに削除すること、保存が必要なら期間と方法を別に合意することを定めていました。委託者は、共有するデータについて適法な権限を持っていることを保証します。秘密情報の定義には、アカウント情報、認証情報、パスワード、APIキー、ネットワークの構成情報を明記し、秘密保持の義務は5年間続くことにしています。
重対応の判定基準と報酬の決め方
三層の構造が機能するかどうかは、「月額内」と「重対応」の境目を誰がどう判断するかにかかっています。この契約書では、受託者が合理的に判断する、としたうえで、判定の基準を7つ列挙していました。
重対応に当たる場合(判定基準)
- 完了までに概ね3営業日以上を要する対応
- 継続的な調査、障害の切り分け、原因の分析を要する対応
- 第三者(通信事業者・保守業者・クラウド事業者・プラットフォームなど)との継続的な調整を要する対応
- 現地への訪問、緊急の対応、夜間・休日の対応
- 認証情報の管理、アカウントの復旧、データの復旧、システムの復旧
- 長時間にわたる対応、反復・継続する対応
- その他、前各号に準じる対応
重対応の報酬は、固定の報酬、時間による報酬、成功報酬などの体系を受託者が設定できる、としていました。回線の故障のように、受託者が手配して事業者の工事を待つ対応は時間で測りにくく、マーケットプレイスの出品停止への再審査請求のように結果が出るまでの期間が読めない対応は、着手金と成功報酬の組合せが合う場合があるからです。
判定の基準で注目したいのは、5つ目の「認証情報の管理・アカウントの復旧・データの復旧・システムの復旧」です。パスワードが分からなくなった、アカウントが乗っ取られた、データが消えた、という相談は、相談窓口に最も多く持ち込まれる一方で、作業量が読めず、失敗したときの責任も重い対応です。これを月額の外に置くことを、基準の段階で決めておく意味は大きいといえます。
プロジェクト対応への移行と、条文に書き込む具体例
重対応やプロジェクト対応に移るときの手続は、次のように定められていました。
月額内から重対応・プロジェクト対応に移る手続
- 相談を受け、月額内か重対応かを判断する判定の基準に照らして受託者が合理的に判断する。
- 内容・期間・概算費用を示す書面又はメール等で、重対応・プロジェクト対応として行う内容と見込みの費用を示す。
- 委託者の承諾を得てから開始する承諾がなければ、月額内で可能な範囲の助言にとどめる。
- 緊急のときは先行して暫定措置ができる障害の拡大を防ぐために必要最小限の暫定措置を先に行い、その費用も請求できる。
- プロジェクト対応は別の契約にする対応期間が1か月以上のもの、要件定義・設計・構築・継続的な保守として管理すべきものは、別に契約を結ぶ。
この契約書のもう一つの工夫は、重対応とプロジェクト対応の具体例と費目の例を、条文そのものに書き込んでいたことです。重対応の例として、電話が通じないときの回線事業者への故障調査の依頼・保守員の手配・日程の調整、インターネットの接続障害の切り分け・代替回線の手配・交換機器の選定と購入の支援、マーケットプレイスの出品停止に対する継続的な問合せと再審査の請求を挙げ、費目の例として、着手金、現地訪問料、代替回線の手配などの特殊対応料、回線調査の代行料、日程調整の対応料、特別対応料金、成功報酬を挙げています。プロジェクト対応の例としては、Webサイトの全面的な更改と、EC機能の外部への移転を挙げていました。そのうえで、これらは具体例であり、類似の対応も同様に扱える、と包括的な一文で締めています。
抽象的な基準だけでは、実際の相談がどちらに当たるかで議論になります。依頼者の実際の対応事例を条文に書き込んでおけば、似た相談が来たときに「契約書のこの例と同じです」と説明できます。一方で、例を列挙するだけでは列挙にないものが月額内だと読まれるおそれがあるので、包括的な一文で類似の対応にも及ぶことを書いておきます。
試験運用の期間を置く
相談の頻度や内容は、委託者ごとに大きく違います。この契約書では、締結から最初の1か月を試験運用の期間とし、相談の頻度・範囲・負荷・連絡の体制を検証することにしていました。試験運用の期間中は相談の回数を原則として無制限にしつつ、受託者が運用の条件を調整・制限できること、期間中の実績を踏まえて回数・方法・範囲・料金体系の見直しを提案し協議できることを定めています。
大切なのは、試験運用の期間の対応の水準が、その後の期待につながらないようにすることです。この契約書は、試験運用の期間中の対応の水準は、無制限の対応、専属の対応、常時の対応を保証するものではなく、そうした期待権を生じさせない、と書いていました。最初の1か月だけ手厚く対応したことを理由に、2か月目以降も同じ対応を求められることを防ぐ一文です。
委託側から作った契約でも、似た考え方をとった例があります。建設会社が個人事業主に秘書業務などを委託した契約では、秘書業務を月10時間程度の目安で始め、お試しの期間の後に範囲と料金を見直すことにしていました。始める前に業務量を正確に見積もれない業務では、最初の期間を検証の期間と位置付け、見直しの手続を最初から契約に入れておくと、双方が無理のない水準に落ち着きます。
ヒヤリングで確かめること 定額の運用を始める前に(委託側の運用代行のヒヤリングから)
- 月の稼働の目安を超えた場合は、超過単価で精算するか、事前に相談するか、翌月に繰り越すか。目安を超えたときの扱いを決めておかないと、目安が上限なのか参考なのかで争いになります。
- 稼働時間はどのように報告するか。範囲と料金の見直しはいつ行うか。お試しの期間の後の見直しの時期を、最初から決めておくためです。
- 早朝・夜間・休日の対応を期待するか。期待するなら、月額の外の料金にするか、対応枠に含めるかを決めます。
- 委託先に発注者のIDを共有するか、委託先専用のアカウントを発行するか。共有すると、上位のシステムの規約や権限の管理に問題が出ることがあります。
- データの保存先はどこか。終了時に返してもらう必要があるか。受託者の環境にデータが残らない設計にするか、終了時の引渡しの方法を決めるかが分かれます。
台帳・認証情報・データの閲覧は「管理の主体は委託者」と書く
ITサポートでは、委託者の社内のアカウント、ライセンス、回線の契約、機器の設定などを把握しないと相談に答えられません。この契約書では、受託者が「情報資産管理台帳」(外部サービスのアカウント情報、ライセンス、回線・契約の情報、保守ベンダー、機器、ネットワークの構成、ルーターの設定、クラウドの利用状況、業務システムの運用情報をまとめたもの)の作成と更新を支援できるとしつつ、最終的な管理の責任と管理の主体は委託者にあると定めていました。委託者が提供した情報が古い・誤っていることに起因する結果について受託者は責任を負わないこと、合理的な安全管理措置は講じるがサイバー攻撃などによる漏えいや消失の完全な防止は保証しないことも書いています。
1甲は、本サービスの提供に必要な範囲で、乙に認証情報及びアクセス権限を提供する。甲は、提供する権限を乙に付与することについて正当な権限を有していることを保証する。
2乙は、甲の社内における権限の関係及び承認の状況を確認する義務を負わず、甲の担当者の指示を合理的に信頼して作業を行うことができる。
3乙によるアクセス、設定の変更及び障害への対応は、甲の依頼又は承諾に基づくものとみなし、その結果についての最終的な運用管理の責任は甲が負う。
4本契約の終了時その他乙によるアクセスが不要となったときのパスワードの変更、権限の削除及び二段階認証の設定の変更は、甲が自己の責任と費用で行う。
メールやクラウド上のデータの閲覧は、甲の明示的な依頼がある場合に限り、目的外に利用せず、作業の完了後速やかに削除する、という条と組み合わせていました。
2項は、委託者の担当者が社内の承認を得ずに設定の変更を頼んできた場合に、受託者が社内の事情まで確かめる義務を負わないことを確認するものです。アクセス記録・作業記録・対応履歴を保存することにも、委託者が事前に同意する形にしていました。二段階認証や第三者サービスの側の制限で作業ができない場合は受託者の責任ではない、という一文もあります。台帳と認証情報の扱いは、責任分界とアカウント管理のページで、他の型の契約と比べながら扱います。
なお、受託者が作ったネットワークの構成図、管理のフロー、運用資料の著作権は受託者に帰属し、委託者は自社で利用する目的の範囲で使える、と定めていました。終了時には台帳の情報を委託者の指示で返却・削除・廃棄しますが、引継ぎ、追加の整理、データ移行の支援、説明の業務は別途費用です(保守で生まれる資料の権利)。
バックアップ・料金・責任・期間の置き方
この契約書は、業務データ、顧客情報、メール、クラウドのデータのバックアップを委託者の責任と費用とし、受託者はバックアップの保全・継続的な保管・監視・復旧の義務を負わない、と定めていました。作業の都合で一時的に保存・複製したものは「保管契約」を構成しないこと、同期サービスやNASの同期による削除・上書きについて受託者は責任を負わないこと、データの復旧は重対応又はプロジェクト対応として別料金で、完全な復旧は保証しないことも書いています。相談窓口は委託者のデータを預かる立場ではない、という整理です。
| 項目 | 定め |
|---|---|
| 月額の支払 | 前月末までに翌月分を前払い。重対応・プロジェクト対応・緊急・遠隔地・夜間休日・データの復旧は月額に含まない |
| 不払い | 無催告でサービスを停止できる。遅延損害金は年14.6%。受領済みの料金は原則として返還しない |
| 賠償の範囲と上限 | 直接かつ通常の損害に限り、上限は委託者が現実に支払った直近12か月分の利用料金の総額 |
| 請求の期限 | 損害の発生日から6か月以内に書面で通知しなければ請求できない |
| 期間と更新 | 1年。満了1か月前までに申出がなければ1年ずつ自動更新。更新時に料金・範囲の変更を提案でき、未払いがあれば更新を拒絶できる |
| 解約 | 解約を希望する月の前月末日までに通知し、当月末で終了。前払いのため日割りの返金はない。進行中の重対応・プロジェクト対応は終了時点までの費用を払う |
| 再委託 | 必要な範囲の再委託や外部の専門業者の利用は、契約上の地位の譲渡に当たらない |
同じ相談窓口型でも、技術的な助言に絞ったサービスでは設計が変わります。受託開発会社の技術コンサルティングの月額プランは、稼働の目安を3時間まで・8時間まで・16時間までの3つのプランに分け、チャットの対応は平日10時から18時、返信の目安は営業日48時間以内、プランごとにオンライン面談の回数と時間を決め、目安を著しく超える対応は事前に協議して書面で合意する、としていました。生成AIを使った業務支援のサービスでは、保守運用サポートの本体とは別に月1時間の面談をオプションとして用意し、オプションは本体なしの単独契約はできず、本体が終了すれば同時に終了する、と定めています。サービスの組合せがある場合は、どれが本体でどれが付属かを書いておくと、終了のときに迷いません。
個人事業者が法人からホームページの管理とSNSの更新管理をまとめて受けた契約では、SNSの業務を終えてホームページの管理だけを続ける場合は、契約を終了させずにホームページ管理の報酬を月額数千円に切り替える、という定めを置いていました。複数のサービスを1本で受ける定額の契約では、一部だけをやめる場合の料金を最初から書いておくと、契約を作り直す手間が省けます。
起きがちなこと:「定額だから全部やって」と言われる
定額のサポートは、委託者にとっては「いつでも相談できる」安心を買う契約であり、受託者にとっては「重い対応は別料金」と線を引けるかどうかで採算が決まる契約です。三層の構造と移行の手続を条文で示し、具体例を書き込んでおけば、相談のたびに線引きを説明しやすくなります。対応時間の目標の書き方はSLA・対応時間、終了時の台帳の返却とアクセス権限の整理は終了時の引継ぎのページで扱います。
よくあるご質問
定額のITサポートで、どこまでを月額に含めればよいですか?
月額の範囲を「軽微な相談、短期で完了する助言、確認の補助」などと定義し、訪問の回数や時間に上限を置きます。完了まで概ね3営業日以上かかる対応、継続的な障害の切り分け、アカウントやデータの復旧などは「重対応」として別料金にし、1か月以上の案件は別の契約にする三層の設計があります。
「定額なのだから無償で対応して」と言われたら?
契約に、定額制であることを理由に重対応の無償対応を求めることはできないと書いておけば、それを示して説明できます。重対応への移行は、内容・期間・概算費用を示して承諾を得てから始める手続にしておきます。
緊急の障害で、委託者の承諾を待てないときは?
障害の拡大を防ぐために必要最小限の暫定措置を先に行い、その費用も請求できる、と定めておく方法があります。暫定措置の後で、本格的な対応の内容と費用を示して承諾を得ます。
最初の1か月だけ相談を無制限にしても大丈夫ですか?
試験運用の期間として位置付け、期間中に運用の条件を調整・制限できること、実績を踏まえて回数や料金を見直すこと、期間中の対応の水準は無制限・専属・常時の対応を保証せず期待権を生じないことを書いておけば、2か月目以降の水準を改めて決められます。
委託者のパスワードを預かってサポートする場合、何を決めておけばよいですか?
委託者が提供する権限の正当性を保証すること、受託者は社内の承認状況を確認する義務を負わないこと、作業の結果の最終的な運用管理の責任は委託者にあること、終了時のパスワード変更・権限削除・二段階認証の変更は委託者が行うことを定めた例があります。
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